はじめに:モールがくれるもの、奪うもの
Amazon や楽天といった巨大モールは、売り手に二つの贈り物をくれる。ひとつは圧倒的な集客力、もうひとつは決済から物流までを代行してくれる安心感だ。開店直後のショップでも、検索窓に商品名を入力するだけで見込み客が流れ込み、ワンクリックで購入され、FBA や楽天スーパーロジスティクスの倉庫から商品が旅立っていく。数字は右肩上がりに伸び、レビューも増え、売れている実感は確かにある。
しかし同時に、モールは静かに「自由」と「顧客データ」を奪う。手数料が利益率を削り、ポイント原資や広告費が粗利を圧迫するたびに、売上の伸びと利益の伸びが一致しないもどかしさが生まれる。購入者の顔は見えず、メールアドレスも渡されず、次の施策を打とうにも手段が限られる。巨大モールは賑わいを提供するが、ブランドが語るべき物語を短く切り取り、星の数と価格の比較へ還元してしまう。
Shopify という「自前の舞台」がもたらす転換
Shopify は SaaS 型の EC 基盤だ。月額 3,400 円から利用でき、テーマやアプリでカスタマイズしながら自社ドメインのストアを構築できる。モールと比べて何が変わるのか。その最大の変化は、デザインやコンテンツに対する自由度ではなく、顧客との対話が自分の掌に戻ることにある。
たとえば、購入者のメールアドレス、購入履歴、サイト内行動を一元管理できる。LINE 公式アカウントと接続すれば、商品発送完了のメッセージに動画 URL を添えて送信することもできる。レビューを星だけでなく画像や動画付きで掲載し、その投稿者に次回購入クーポンを自動で届ける――こうした施策を「モールの承認を待たずに」実行できるのが決定的な違いだ。
しかも在庫はそのまま FBA や楽天ロジで保管し、Shopify 側の注文を API で転送すれば、オペレーションは従来通り。手数料がゼロになった分、粗利は即座に改善する。数字だけを見ても利点は大きいが、真価は数字の裏側にある。ブランドと顧客をつなぐ物語が、モールのテンプレートを離れて伸び伸びと成長し始めるのだ。
自社ECへの移行で起こる三つの変化
第一の変化はリピート率の上昇だ。モールでは「もう一度買いたい」と思っても検索結果に競合が並ぶだけで、同じ店を選ぶ必然性が薄い。Shopify では購入後のフォローアップメール、LINE ステップ配信、定期便モデルなどを自在に組み合わせ、再訪を促す導線を作れる。実際に私のクライアントでは、モール単独運営時に 6% だったリピート率が、Shopify 立ち上げ 3 か月で 18% にまで伸びた。
第二の変化は平均注文単価の上昇だ。モールテンプレートでは、クロスセルやアップセルを組み込むスペースが限られる。しかし Shopify なら、カート直前のセクションに「一緒に購入されている商品」を画像とブログリンク付きで配置できる。ストーリーページから関連商品へ誘導するリンクを張ることも容易だ。単価が上がれば広告コストを相殺しやすくなり、利益率がさらに改善する。
第三の変化は口コミの質が変わることだ。星評価と短いコメントだけのレビューとは異なり、Shopify では写真や動画、長文の体験談を掲載できる。投稿者にタグ付けされた Instagram の投稿をブログに埋め込み、「リアルな使用感」を新規顧客に伝えることで、コンバージョン率が向上する。レビューが単なる評価ではなく、ブランドのメディア資産へと進化する。
移行ステップを文章でたどる
最初に行うのは商品データのエクスポートとインポートだ。楽天 RMS や Amazon セラーセントラルから CSV をダウンロードし、Shopify アプリの Matrixify にアップロードするだけで、何百 SKU でも数分でストアに反映される。次にテーマを選ぶ。デフォルトの Dawn テーマはモバイル最適化が進んでおり、カラーとフォントをブランド仕様に変更するだけで一定の完成度になる。
支払い方法は Shopify Payments を有効化すればクレジットカードと Apple Pay に即対応し、あと払い決済やコンビニ払いは追加設定で拡張できる。物流は Amazon MCF をオンにし、既存 FBA 在庫を使って発送する設定を行う。これによりオペレーション負担は増えない。
ストア公開後は SNS のリンク先をモール商品ページから自社 EC のコンテンツページへ切り替え、投稿ハッシュタグにブランド名と「公式ストア」を追加する。同梱チラシにストアの QR コードを印刷し、モール購入者にブログ記事を読んでもらう導線を作る。こうしてモールから自社へ水を引く小さな水路をいくつも敷いていく。水路が増えるほど、自社ECの泉はゆっくりと水位を上げていく。
コストとリターンを数値で確認する
月商三百万円の事業者が Shopify で売上の二割を自社 EC に振り替えると想定しよう。モール手数料 12% と広告費 10% が平均的なケースでは、モール経由二百四十万円の粗利は約 18 万円。残りの六十万円を Shopify に移し、決済手数料を 3.5% として計算すると粗利は 58 万円。合計粗利は 76 万円となり、移行前の 36 万円と比べて四十万円増える。
Shopify の月額費用と主要アプリ月額を合わせて一万五千円程度。差し引き約三十八万円が純増利益になる。この試算に広告費を含めても、リピート率の改善と単価上昇が続けば純増分が右肩で積み上がっていく。
まとめ:モールと自社ECを対立させない
Amazon や楽天を今すぐ捨てる必要はない。むしろモールは新規顧客を大量に連れてくる大河として活かし、その水を Shopify という泉に送り込む設計が現実的だ。大河が増水しても枯れても、泉が自ら湧き出す構造を整えることで、利益とブランド価値は安定的に成長する。
自社 EC は「自由な表現の場」であり、「顧客と長期的に関係を築く場」でもある。今日できる最初の行動は、CSV をエクスポートし、Shopify のトライアル登録フォームにメールアドレスを入力することだ。そのクリックが、数字だけを追う航路から、利益と物語を同時に育む航路への第一歩になる。
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